今では当たり前に使われているマーケティングの概念や理論、フレームワークを提唱した、「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラー。
コトラーの理論によると、2020年代の現在は「マーケティング5.0」の段階にあるといいます。
本記事では、マーケティングに関わるなら押さえておきたい、コトラーの理論を基にしたマーケティングの変遷と基本のフレームワークについて解説します。
先輩、マーケティングを学ぶなかでいろいろなフレームワークがあることが分かってきたんですが、こういうフレームワークってどうやって生まれたんでしょう?
良いことに気づいたね。今は当たり前になっているマーケティングの概念や、そのなかで活用されるフレームワークの多くは、フィリップ・コトラーという人物によって提唱されたんだ。
コトラーが提唱するマーケティングの変遷
マーケティングでコトラーといえば「近代マーケティングの父」「マーケティングの神様」などと称される、アメリカの経営学者フィリップ・コトラーのこと。
コトラーは、今では当たり前になっているマーケティングという概念を生み出し、マーケティング戦略において活用される主要なフレームワークを生み出した人物です。
コトラーは著書『Marketing Management』のなかで、マーケティングを以下のように定義しています。
Marketing is about identifying and meeting human and social needs. One of the shortest definitions of marketing is “meeting needs profitably.”
(マーケティングとは、人間と社会のニーズを明確にして、満たすことです。マーケティングを端的に定義すると「利益を上げてニーズを満たすこと」といえます)
コトラーは、現代に至るまでのマーケティングの変遷を「マーケティング1.0~5.0」という5つの段階に分けて説明しています。
製品中心のマーケティング1.0
「Marketing(マーケティング)」は、1990年代のアメリカに端を発します。コトラーの理論では、1990年代~1960年代のマーケティングは「製品中心」と説明されます。
マーケティング1.0の前段階として、1800年代半ば~1900年代はじめにイギリスで起こった産業革命があります。これ以降、多くの企業が、大量に製品を生産して不特定多数の消費者に大量に販売するという、「大量生産大量消費」を行うようになりました。
マーケティング1.0において登場したフレームワークが「4P」です。4Pは、アメリカのマーケティング学者 エドモンド・ジェローム・マッカーシーが1960年に提唱したもので、「マーケティング・ミックス」とも呼ばれます。
4Pはマーケティング1.0で登場したフレームワークですが、現代のマーケティングにおいても重要なフレームワークとして活用されています。コトラーもこのフレームワークを採用し、4Pに要素を追加したフレームワークとして「7P」を提唱しました。
「4P分析」の登場
4Pは「Product(製品・サービス)」「Price(価格・料金)」「Place(流通・店舗)」「Promotion(販促・広告)」で構成されます。
これら4つの要素について分析を行い、マーケティングの実行戦略を立てるのが4P分析です。
5P分析とは?マーケティングに効果的?4P分析との違い、やり方と基本の要素を解説
5P分析はマーケティングフレームワークのひとつ。 「Product(製品・サービス)」「Price(価格・料金)」「Place(流通・店舗)...
コトラー提唱のフレームワーク「7P」による分析
7Pは、前述の4Pにさらに3つの要素「Personnel(人・要員)」「Process(業務プロセス・販売プロセス)」「Physical Evidence(物的証拠)」を加えたものです。
モノではなくサービスを商品とする場合について、コトラーはこれら7つの要素の分析を行う「7P分析」を提唱しました。
顧客志向のマーケティング2.0
マーケティング1.0から2.0への変遷のきっかけとなったのが、1970年代に起こったオイルショックです。オイルショックによる物価高騰は、世界的な経済の混乱をもたらしました。
コトラーの理論では、1970年代~1980年代のマーケティングは「消費者志向」と説明されます。
マーケティング1.0では、消費者のニーズを汲むことはそれほど重視されず、製品を大量に生産して不特定多数の消費者に届ければ売れるという状況でした。
しかしオイルショックからの経済の混乱で、その状況が変わります。マーケティング2.0においては、ただ製品があるだけでは消費者は購入に至りません。消費者のニーズを満たすことで、製品を選んでもらう必要が出てきました。
そこでコトラーが提唱したフレームワークが「STP分析」です。
マーケティングの基礎となるフレームワーク「STP分析」
STP分析は、「Segmentation(セグメンテーション)」「Targeting(ターゲティング)」「Positioning(ポジショニング)」という3つの要素から成ります。
- セグメンテーション:消費者を属性や行動などからいくつかのグループに分ける
- ターゲティング:ターゲットとするセグメントを定める
- ポジショニング:ターゲットのセグメントに対して製品の位置づけ、競合との差別化を行う
STP分析は、現代のマーケティングにおいても、基本となる重要なフレームワークです。
価値主導のマーケティング3.0
マーケティング2.0から3.0への変遷のきっかけが、インターネットとソーシャルメディアです。
インターネットとソーシャルメディアの普及により、消費者は情報を一方的に受け取るだけでなく、自分に必要な情報を取捨選択し、さらに自ら情報を発信できるようになりました。
コトラーの理論では、1990年代~2000年代のマーケティングは「価値主導」と説明されます。
マーケティング3.0では、各種メディアに存在する膨大な情報のなかから消費者に製品を知ってもらい、選んでもらうために、消費者にとって価値ある情報を届ける必要があります。
そのために、ブランディングの重要度が増します。機能やデザインなど製品そのものだけでなく、製品やブランドの背景、コンセプトなどに価値を見出せるかという点が重視されるのです。
それらの情報は、企業が発信するだけでなく、ソーシャルメディアを通じて消費者からも発信されます。
コトラーはソーシャルメディアを「ニューウェーブの技術」と呼び、「表現型ソーシャルメディア」と「協働型ソーシャルメディア」に分類しています。
- 表現型ソーシャルメディア:SNSやブログ、YouTubeなど。各プラットフォームの仕組みを利用して、消費者が各々に情報発信を行うメディア。
- 協働型ソーシャルメディア:Wikipediaや食べログ、クックパッドなど。各プラットフォームに消費者の情報発信が集まることで構成されるメディア。
企業は、ソーシャルメディアに集まる情報を活用して、ブランディングを行っていく必要があります。そのためのフレームワークとしてコトラーが提唱したのが「3i」です。
ブランディングに重要なフレームワーク「3iモデル」
「3i」は、「ブランド・アイデンティティ(brand identity)」「ブランド・イメージ(brand image)」「ブランド・インテグリティ(brand integrity)」の3つの要素から成ります。
- ブランド・アイデンティティ:ブランド独自の在り方を確立する
- ブランド・イメージ:消費者の心をつかみ、共感してもらう情報発信
- ブランド・インテグリティ:ブランドの位置づけ、競合との差別化を図り、消費者の信頼を得る
自己実現のマーケティング4.0
コトラーの理論では、2010年代以降、マーケティングは「自己実現」の段階に入ったとされます。マーケティング4.0では、マーケティング3.0で求められたことに加え、消費者が製品を購入することで「自己実現」を求めるようになりました。
マーケティング4.0の前提にあるのが、心理学者のアブラハム・マズローが提唱した「マズローの欲求5段階説」です。これはしばしばマーケティングに活用される理論です。
マズローの欲求5段階説では、人間の欲求を上図のような5段階に分けた上で、人間の心理行動を下層の欲求から順番に満たされようとするものとして説明しています。
この理論では、人間はまず最下層の生理的欲求の充足を求め、それが満たされると次は安全欲求の充足を求めていくものとされます。そして最終的に、自己実現に向かって成長していきます。
マーケティング4.0は、消費者が承認欲求の充足まで実現しており、製品を購入することでさらに自己実現をしたいと考えている段階としています。消費者は、自分にとって価値のある製品を購入することで、自分のありたい姿を実現することを求めているのです。
そんなマーケティング4.0においてコトラーが提唱したフレームワークが「4C」です。
マーケティング・ミックスは「4P」から「4C」の分析へ
コトラーが提唱する4Cは、以下の4つの要素から成ります。マーケティング1.0からの基本のフレームワークである4Pは企業視点でしたが、4Cは顧客視点である点が大きな違いです。
- Co-Creation(共創):製品開発において早い段階から消費者を巻き込む。
- Currency(通貨):市場の需要と供給に応じて価格を変動させる。ダイナミックプライシング。
- Communal Activation(共同活性化):製品を所有せずとも共有により利用できる。
- Conversation(カンバセーション):企業と顧客が双方向のコミュニケーションを行う。
コトラー提唱の上記4Cとは別に、アメリカの経済学者ロバート・F・ロータボーンが提唱した、以下のような4Cもあります。マーケティングで4C分析といわれる際は、以下の要素から成るフレームワークが使われることが多いようです。
- Customer Value(顧客価値):顧客から見た製品の価値、メリット
- Cost(顧客から見た価格):顧客が製品に支払うコスト
- Convenience(利便性):顧客が製品を利用するための方法
- Communication(コミュニケーション):顧客はどのように製品の情報を入手できるか
いずれの4Cも、顧客視点であることが共通しています。マーケティング4.0において顧客の自己実現欲求を充足するには、4Pではなく4Cの視点でマーケティングの実行戦略を立てていく必要があります。
SNS時代のカスタマージャーニー「5A理論」
マーケティング4.0において、4Cとともにコトラーが提唱しているのが「5A理論」です。これは、ソーシャルメディアの存在が当たり前のものとなった時代における、新たなカスタマージャーニーです。
カスタマージャーニーとは、顧客が商品を認知して購入に至るまでの志向や行動の変化の道筋のこと。これまで、カスタマージャーニーのゴールを「Action(行動)」とする「アイドマ(AIDMA)」や、「Shater(情報共有)」をゴールとする「アイサス(AISAS)」といったモデルが活用されてきました。
5A理論はそこからさらに進み、カスタマージャーニーのゴールを「Advocate(推奨)」とします。このゴールに至るまでの道筋は、「Aware(認知)→Appeal(訴求)→Ask(調査)→Act(行動)→Advocate(推奨)」となります。
つまり、顧客に製品を購入してもらうだけでなく、ソーシャルメディアにおいて他の顧客におすすめしてもらうことを目的としているのです。
テクノロジー×人間のマーケティング5.0
コトラーは、2021年に『Marketing 5.0: Technology for Humanity』を出版、その日本語訳が2022年に出版されました。2020年代は、コトラーの理論ではマーケティング5.0の段階に入ったといえます。
マーケティング5.0では、マーケティング4.0の「自己実現」を引き継ぎつつ、ビッグデータやAIなどの最新テクノロジーの活用が重視されます。マーケティング4.0で登場した5A理論について、テクノロジーを活用することで、カスタマージャーニーの全行程において顧客体験の向上を目指します。
ただし、あくまでも主体は人間であり、テクノロジーからマーケティング戦略を考えるのではなく、実施したいマーケティング戦略のためにテクノロジーをどう活用できるかと考えます。
そのために重要なのが、以下の2つの規律と3つのアプリケーションです。
- 規律:データドリブン・マーケティング
- アプリ:予測マーケティング
- アプリ:コンテクスチュアル・マーケティング
- アプリ:拡張マーケティング
- 規律:アジャイル・マーケティング
マーケティング5.0では、「データドリブン・マーケティング」を前提として、「予測マーケティング」「コンテクスチュアル・マーケティング」「拡張マーケティング」を行いながら、「アジャイル・マーケティング」を実現できる組織体制を作りあげていきます。
規律:データドリブン・マーケティング
データドリブン・マーケティングとは、データを基にマーケティング戦略を決定する手法です。マーケティング5.0では、ビッグデータの活用が大前提となります。
ビッグデータを活用することで、顧客一人ひとりに対してパーソナライズされたマーケティング施策を実現できます。
アプリ:予測マーケティング
予測マーケティングとは、施策立案において過去のデータから施策による影響を予測した上で、実施可否を判断する手法です。
予測マーケティングにおいて、ビッグデータをAIに処理させることで、予測のスピードや精度が格段に上がり、さまざまなパターンやモデルを検証できます。
アプリ:コンテクスチュアル・マーケティング
コンテクスチュアル・マーケティングとは、顧客が接しているコンテンツを分析し、その内容の広告を配信する手法です。
IoTなどの最新テクノロジーを活用することで、顧客の行動についてさまざまな情報を収集することが可能となり、そうやって集められた膨大なデータをAIが処理することで、顧客一人ひとりのリアルタイムの行動に沿ったプロモーションを実施できるようになります。
アプリ:拡張マーケティング
拡張マーケティングとは、顧客体験の向上を目的として、チャットボットやバーチャル店員などの人間を模倣したテクノロジーを活用する手法です。
テクノロジーで対応できる部分と、人の対応が必要な部分とで役割分担をすることで、業務を効率化しながら顧客体験の向上を目指せます。
規律:アジャイル・マーケティング
アジャイル・マーケティングとは、施策の実施にあたってまずは小規模でスタートして、データを収集・分析しながら顧客の反応に応じて調整を行い、俊敏(アジャイル)に施策を実施していく手法です。
アジャイル・マーケティングは、新製品の開発などに活用されます。さまざまな業界で製品ライフサイクルが短縮化するなかで、アジャイル・マーケティングは重要な手法といえます。
マーケティング5.0では、データドリブン・マーケティングを前提として、前述の3つのアプリケーションを活用することで、アジャイル・マーケティングを実現できる組織体制を作り上げていきます。
今はもうマーケティング5.0の段階なんですね…!
マーケティング5.0は、マーケティング4.0と共通する部分も多いね。具体的な事例も見てみよう。
マーケティング4.0~5.0の事例
マーケティング4.0で成功している企業は、ターゲットとする消費者がその企業が展開するブランドを聞いたときに、そのブランドを利用することでどのような体験ができるのか明確にイメージできます。
マーケティング5.0はまだ提唱されて間もないですが、マーケティング4.0における戦略で成功している企業のなかには、マーケティング5.0の手法を活用しているケースも見られます。
NIKE(ナイキ)
NIKEは、世界のトップアスリートたちとコラボした製品開発や広告起用を行なっています。それにより顧客は、NIKEの製品を使うことで、憧れのトップアスリートたちと同じ性能を体感できる、かっこいい自分になれるといったイメージを持っています。
また、ランニングアプリの提供やSNSでのキャンペーンにより、顧客の情報を収集するとともに、顧客同士で情報の共有や拡散を促す取り組みを行っています。
Starbucks(スターバックス)
スターバックスは、サードプレイスとして、ドリンクとフード、店内のインテリアやBGM、接客など、徹底して居心地の良い空間を作り上げています。顧客は、ただコーヒーを飲むためだけでなく、そういった空間を体験するためにスターバックスを選んでいます。
スターバックスで新商品が発売されると、SNSで話題になるのも特徴的です。ハッシュタグの活用などで、顧客が情報を共有、拡散したくなる取り組みを行なっています。また、アプリを活用した注文や決済をスムーズに行える仕組みの提供や、データの活用も行っています。
Red Bull(レッドブル)
レッドブルは、スポーツイベントをはじめとしたさまざまなイベントの企画・サポートを行い、その様子を公式サイトやSNSを通じて発信しています。
製品を直接宣伝するのではなく、コンテンツやカルチャーを通じてブランディングを行っていることが特徴です。その結果、挑戦する人をサポートするブランドというイメージがつき、そういった挑戦に共感する顧客からの支持を受けるようになっています。
マーケティング4.0~5.0のイメージがつかめてきました!
より分かりやすいように、具体的に企業が何をすれば良いのかも紹介するね。
マーケティング5.0の時代に企業は何をすべきか
ここまで解説してきたコトラーのマーケティング理論とフレームワークを踏まえ、マーケティング5.0の時代において企業は具体的にすべきこととして、「SNS」と「最新テクノロジー」の活用があります。
SNSの活用はあらゆる業界で必要に
マーケティング3.0以降、コトラーが提唱するマーケティング戦略にはソーシャルメディアの存在が前提にあります。
特に消費者が気軽に情報発信をできる「表現型ソーシャルメディア」であるSNSは、消費者のニーズを知るためにも、消費者とコミュニケーションを取るためにも活用できます。また、5A理論において目的とされる、消費者が製品やブランドを他の人におすすめする場所としても、SNSは重要です。
マーケティング5.0においては、SNS上の膨大なデータを最新テクノロジーを用いて効率的に活用して施策を実施することも考えられます。
SNSの活用にはさまざまな方法がありますが、まずは自社のアカウントを運用することと、SNS上での自社の製品やブランドに対する口コミ、関連する投稿を分析することから始めると良いでしょう。まずは情報を集めることが重要です。
最新テクノロジーをどう活用するか
マーケティング5.0では、ビッグデータやAIなどの最新テクノロジーの活用が重視されます。そういった最新テクノロジーをクラウド上で気軽に利用できるサービスも増えています。
特にデータの収集や分析については、最新テクノロジーを活用することで大幅に効率化でき、精度も上がります。実施したいマーケティング施策の目的や内容、規模感に合ったサービスを検討してみましょう。
また、顧客とのコミュニケーションについて、チャットボットやWeb接客ツールを活用することで効率化や自動化ができ、本当に人の手が必要な場面にリソースを集中することができます。
ところでコトラー以外にもマーケティングを定義した経営学者っているんですか?
コトラーの他には、「マネジメントの父」と呼ばれるドラッカーも有名だよ。
マーケティングのコトラーとマネジメントのドラッカー
コトラーの他にマーケティングを定義した人物として有名なのが、経営学者ピーター・ドラッカーです。ドラッカーは「マネジメントの父」と呼ばれ、マネジメントの体系化を行った人物です。
ドラッカーはマーケティングを「企業の第一の機能」として定義しました。また、著書『マネジメント』*のなかで、マーケティングについて以下のように表現しています。
「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。」
*『マネジメント[エッセンシャル版]基本と原則』ピーター・F・ドラッカー(著)、上田 惇生(翻訳、ダイヤモンド社)
コトラーの定義とは異なる部分もありますが、「顧客のニーズを満たす」ことが重要である点は共通しています。
ドラッカーはマネジメントの体系化のなかでマーケティングについて論じていますが、コトラーはマーケティングに特化した理論やフレームワークを展開しています。
マーケティングについての理解が深まりました!
今回紹介したことは、マーケティングに関わるなら前提としてぜひ知っておいてね。
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LIFT編集部
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